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2017.08.11

昇魂・降魂

若いころ師匠から「人間には昇魂(のぼりたま)と降魂(くだりたま)がある」というお話しを聞かせていただいたことがある。

降魂は人間としての完成とは別の目的を持ってこの世に生まれてきているので、人間として同じ土俵ではなくハンディを与えられる場合が多いだろう。僕の場合、先天的な肉体障害か後天的環境のどちらかを選択する局面で、人間としての活動において自由の利く後者を選んだように思う。

だから、生育面で親と全く感じ方・考え方が噛み合わなかった。やがて、完全に精神面で親から独立しようというその局面で魔が乗じてきた。一段境遇が下がり運気の付け替えが行われた。今でもその学年では頻繁に同窓会が行われているが、その動機を僕は知っている。

河合栄治郎の理想主義は一次曲線のような直線的な価値観で、それはあたかも天使界の価値観のようだが、この人間界はもっと多様で多次元曲線のように一直線ではない。それは魔によってもたらされた多様性かもしれないが、その結末が今の時代であり、精神的エネルギーが時代と共に消えて行っている。

昔の同僚たちをたまたまネットで見かけた時、自分の人生を振り返って忸怩たる思いがある。人間界の流儀と馴染んでなくて、大層効率の悪い申し訳ない選択を繰り返してきた。昇魂の方が、この地球上ではよっぽど楽に生きられる。キリストは典型的な降魂だけれど、今一度降魂は人間的な価値観を整理して流滴としての自分の原点に立ち戻る必要がある。失ったもの、得たものを素直に受け止めて次元を高めていくべき大切な時期。

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