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2015.10.27

昭和と今の世相

今日、久しぶりに70年代の音楽(ディオンヌ・ワーウィック)を聴いたけど、昭和の時代は規模の経済を追いかけていて「量=政治力」という風潮だったと感じた。そして、意外と画一的で「右向け右」と言えば皆、あんまり迷わず右を向く、そういう自分の頭で考えない人たち・文化だったかもしれないと思った。

そういう意味では、今も本質的に変わらないけれど、昔はエリート層が同じ境遇・利害を代弁してくれていたのが、今のエリートは、昔に比べて教養が劣化してしまい、温室育ちの画一性に安住するという状態なので、このまま、社会から良心的動機がおしなべて失われて行くにつれ、日本の社会はこのまま自然崩壊して行くのかも、と思った。

その原因として、日本という運命共同体は、ちょうどバブルの頃に課せられた「量から質への文化の転換」という国民的課題を達成できず、昔のやり方を単純再生産で今も踏襲しているだけという現状がある。今や開き直って毒を食らわば皿までの勢いだ。

今のこの世相には、あんまりシンパシーを感じない。時代の先端を走っていると自負しているような人達=外国語バリバリの人を見ていても、プリンシパルやオリジナリティを持っていない。何処を目指しているのか? 欧米・アジア・インド等の国々と同じ次元で日本人が競ってもハンディキャップがあるだけ。

都会の人々の様子は、なんだか自分らしさを見失って、一生懸命ほかの何かを追い求めて疲れ果て、周囲に非寛容に当たるけど、植物界の方が健全で、樹木と交感する方が前向きな力が湧いてくる。

生き方の方向性を見失うと、努力する力すら湧いてこなくなるから、原理原則をしっかり確立することはとても大切。今の日本はその辺がとても蔑ろにされていると感じてしまう。

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