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2015.07.07

良薬は口に苦し

少し前のことになるが、仕事でオタメシを受けたことがあった。かいつまんで状況を説明すると、あるクレームがついて会社の他部署からもあれこれ口出しが入り、妥協策としてほぼ方針が上の方で決まっていた。結局、それとは全く別の本当の解決策がまるで天から導かれるようにギリギリで間に合って収束に至った。その途中では、本当に神様に向かい合って人々に対する「下座の行」ができているか、またまとわりついた悪想念をピシッと祓って精神を立て直せるかどうかを試される局面があった。

やはり、その時には一人で神と向き合う中で気持ち的につらいものがあり、ふと家で見開いた大本教の機関紙の次の言葉が心に残った。

『みろくのよ』 2015年6月号 P.10
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 神の道を修業する心得としては、まず、
 第一に、一切の先入主を去ること。すなわち、今までの現界的の地位だとか、名誉だとか、自己の経歴だとか、学問だとかをすっかり念頭から棄てて、ただ単なる一個の敬虔なる求道者となることである。
 二、次には、肉体心で、ああしようとか、こうしようとかいう念慮を去って、しばらくなるままに任せ、あるままに任せること。すなわち素直にすべてを受け取って服従することである。
 三、常に省みて、怒るとか、恨むとか、そしるとか等の念のきざしかけた時には、即時に、自己のいまだ足らざる証拠であると思い直すこと。
 四、よく、ものの機微を察し、率先して難局にあたり、少しでも多くの体験をつむこと。
 まず、以上が根本的のことである。
                                出口日出麿
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それから、丁度、時を同じくして大谷司完先生の書を通勤時に読んでいたが、次の言葉には今でも自分に言い聞かせている。
・・・良薬は口に苦し・・・

『凡庸の道』 P.341
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 私は霊界へ引きよせられる度に、現世の人々の行為や物事の考え方が余りにも違って居る事に気がつき、恥じらい乍ら御師匠様にお詫びをするのであった。すると黙ってお聞き下さって居られたが、暫くして御師匠様は、お側にある手文庫より何かをおとりになり、私にお下げ下されたのである。其の時のお言葉に、「これを手本にして習字の稽古をするがよい」と仰せられたので、謹んで拝見して見ると、大きく立派な字で”一意専心、良薬は口に苦し”と書いてあるお手本なのであった。私は修業上心に響くものがあったので、御礼を申し上げると、直ちに現世の肉体に帰されて了ったのである。其の後暇のある時には、机の前にて其の時の光景を思い出し、一心にお習字を致したのであるが、側にはいつも御師匠様が眺めて坐す様な気がするのであった。
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人間、楽しいこと誇れることのためだけに生命を与えられ生きているのではない。現界は修行場であるから、その本質は辛く苦しいことを通して魂が成長し意識が深まること、そしてそうした試練の先の本当の愛情に気づくことなのだと、やっと最近になって理解できて来た。

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