« May 2015 | Main | July 2015 »

2015.06.22

BEYOND MYSELF

人は自分の意識の高さのところまでしか理解できない。それより上の世界に対してどう向き合うか、それが生きる姿勢として現れる。

男性は理詰めで追い求めることが多いし、社会もそうしたあり方を求める。女性は感覚で判断する部分がより多いだろう。

自分が理解したところまでが全てと思い込む人の割合が今の社会では多いかもしれない。それは、自分の意識の限界より先へ無理をしたことがなく安全圏で生きてこれたからかもしれない。

人間の今の意識ではモヤモヤして判断が付かないとき、自分の意識の高さで判断するとほぼ失敗する。自分を守る存在の意識に感応し、自分を無にして判断すれば、次第に全体のシナリオが見えてきて大きな深い「正解」にたどり着く。それまで踏ん張り待ち続けるのは世間的も自分自身もとても苦しいが、正解には重みがあり、それが未来を創造していく力となる。

判断をごまかすと、後で大きなしっぺ返しが来る。自分がまだ届かぬ先の次元に素直で誠実に向かい合う意識が大切だ。そして、このような意識こそが生きるということの本質かもしれないと思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.06.17

初心に還れ

エデンの園はいわば天使様たちの世界で、自由意志はあっても善悪の別はハッキリ示されており、間違ったことをする自由はない。別の言い方をすれば安定した世界であり一定の波動が保たれている。

人の世界は、肉体や物質が関わってくることで精神界の秩序から離れた動きを取ることが許されている。それゆえ、どうしようもない地獄から高い天国まで幅広い波動を受け止めて自分でコントロールしなければならない。それは不完全に置かれている人間存在にしか出来ない魂の経験であり、人間として経験を積むことのメリットとも言えよう。

その広すぎる波動の幅にあって自分の心をどこにアンカーするか。その核がないと、どうしても迷いが生じ波動が波立ってしまう。そして、その答えは「この世に生まれる時の初願に立ち返ること」。

地球様もまた、一旦これまでの清算をしたうえで、本来の己の波動=初願に立ち返ろうとしているように思われる。私は、その地球様の初願にコミットしたいと祈る。それだからここに居る。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.06.16

ゆとりある生き方

自分の力で肩ひじ張って生きようとしても、なかなか思った通りに運ばない。自分を守り導く存在と心を一つにして、その存在の意識で生きることで、ごく自然に物事が整ってくる。

そしてまた、しっとりとした心のゆとりの場面が訪れて来る。こうして、本当の自分らしさが見えて来る。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2015.06.09

地震のわけ

いつもではないけれど、自然界や地球とつながっている感覚になる時がある。そして、多分その時の自分は地球の触覚細胞の一つになっていて、この3次元世界のモニターになっているのかなと思う時がある。

確か先月、「もう波動を上昇させましょう」と地球存在に強く伝えた。気のせいか、その時以来地震が増えてきたなあと感じる。そして、今日感じたことは、各地の神様の交代が始まり、波動の変化が地震に繋がっているということ。

過度に恐れたり不安になったり、反省したりするのではなく、より良き未来へ繋がるための胎動だと理解してください。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

我を抜くことの大変さ

無秩序に、偶然の積み重ねで生きていたつもりだったが、栄枯盛衰の法則や自分が何にしくじったのか、どこでソウルメイトに会っていたか、それらが氷が解けるように理解が進んできた。フッと人生のある場面に臨場感を持ってアクセスすることが増えてきた。

幼い頃から人生に少し恐怖感を抱いていて、実際沢山の困難に出会ったが、その根本義が降りてきた。それは「我を抜くため」だったのだ。

人生八方塞がりで、自分というものを手放してもっと上位のグループソウルというのか、個人の名前を超えた波動のような世界に焦点を合わせないと難しいな、と感じていたし、それは人生の選択を幾つも間違えたからだと考えていたが、あえてそうした困難な課題が与えられていたのかもしれない。そして我を抜く兆しが見えるまでは、どこまででも追いかけるような仕組みだったのかもしれない。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

« May 2015 | Main | July 2015 »