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2015.04.23

人生は芝居、人は役者

昨日のエントリの続き

この世とは、様々な芝居=演劇が同時進行で行われている世界。使えるものは、どんなものでもかき集め場面をセッティングし、基本の導入部はあの世が半強制的に進行させ、あとは役者たちの支援に徹する。

その場面の目標が達成されると、芝居が次の場面に移る。シナリオも登場人物も入れ替わる。メインテーマも変わる。

僕は、こうした芝居の場面への入り方が遅く、そして後まで引きずりやすい。ある場面への適応が密着するほど、次の場面に移っているのに前の場面に執着して、思考や理屈で理想世界を追い求め現実と噛み合わなくなり、その場から立ち去って行くという間違いを何度もして来た。

高次の計画を人間の狭い思考や経験で批評することは、考えてみたらおこがましい行為だ。そして世の中の多くの悲劇は、個人から国家まで、こうした場面の切り替えに自分を曲げられない時に起きるのだろう。

癖とか解釈とか、成功体験、それらが今の現実感覚よりも先行してしまうと、前の場面の良さが裏目に出てくるようになる。もっと自分自身を開放して無防備でいい。その時は意表を突くような設定、配役の組み合わせだと感じられても、拒絶せず「役が回ってきたら何でもやらせてもらいまっせ~」のフレッシュな実験精神を忘れてはいけない。無論、積極策だけが正しいわけでもなく、雌伏して内面を充実させることが必要な段階もある。

自分の小さな世界に拘るのではなく高貴な波動と交信しながら、今いるべき場所と状態は何かを常に探りながら生きていく。

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