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2015.03.08

今の日本を規定した出来事

白井聡『永続敗戦論』や内田樹『街場の戦争論』を読んで、戦後の現象論としてはその通りと感じた。だが、なぜそういうコースを戦前辿ったのかという原因分析には触れられていない。そこは歴史の分野になってしまうから。

そして、それに関して鳥居民『近衛文麿「黙」して死す』と濱田政彦『神々の軍隊』を読んで核心を掴めた感触があった。二・二六において主導権を握った同じ勢力が対米戦回避と終戦タイミングにおいて日本の国体よりも組織や私益を重視して運命を狂わせてしまった。戦後、三島由紀夫は『英霊の声』でそれを的確に表現していた。

「ああ、全ての交錯点はやはり二・二六に行きつくのか。」というのが、通してみた時の感想だった。

二・二六こそ、その後の日本の運命を方向付けた出来事だった。そして大本、天理、金光などの興隆はそれを何とか正しい方向に導くための天の図らいだったと思える。王仁三郎の伝記を読むと、二・二六の伏線は明らかにその前に起きた大本教弾圧に関連している。

そうした視点で見てみると、皇道派はむしろ日本の伝統的な東洋志向であり、統制派は明治の元勲が去った後の新しい欧米的な考え方を持つ財閥・金融に近い志向を持っていたのではないか。皇道派が実権を持たずとも、少なくとも二・二六が回避され両派の勢力が併存していたら、日中戦争も太平洋戦争も今の戦後も避けられた可能性が高い。

二・二六そして三島由紀夫のテーマについて向き合い、それに回答を呈示し、その時点からやり直さない限り日本人が主体的に未来を創り出すことはできないのだろうと思われる。そして予感がするのは、そこに大化改新まで遡らざるを得ない事柄が重なっているような気がするのだ。つまり二・二六もまた過去のモチーフを踏襲しているのかもしれないということ。

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