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2015.01.11

置かれている状況

たたら製鉄では金属神を祀り、死穢を好むとされている。諏訪の御柱祭も起源はそれに纏わるものだという説がある。

今の日本は、宮沢賢治の『注文の多い料理店』のストーリの通りに進んでいると思う時がある。

先月、ふと通勤電車の中で次のようなイメージが浮かんだ。
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家で大きめの水槽に金魚を十何匹か飼っている。金魚自身はお互いが自分の天下と思って縄張り争いに終始している。(ここまでは事実)

ある存在は、金魚を食べる目的で水槽を眺めている。

もう一つの別の存在は、水槽ごと宇宙につなぎ宇宙の気を注ぎこみたいと考えているが、そのままではシンクロしないため、移行しうるかどうかの可能性を探っている…

かつて宇宙では物質を司る過程において反省すべき事柄があった。それゆえ宇宙の主宰神は物質世界に直接介入しないと決めた。それゆえ食物としての金魚存在(物質次元)を通してのみ、魔の世界と交渉ができることとなった。

この水槽は宇宙の多元的な価値観が投影され、多様なエネルギーバランスの上に成立している世界。

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