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2014.11.30

判断と運勢

11月15日の手帳メモより

運気は判断の結果でもたらされる。判断力は総合芸術。
どこまで深い認識まで掘り下げられるか、そして流れに共鳴できるかが決め手。

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意志のコントロール

11月15日の手帳メモから

意志が行動を制御できるようになったら、時間的な余裕が生まれて来るだろう。

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2014.11.17

波動に生きる

  魂たちに愛着しなさい、我が兄弟よ。しかし、パーソナリティーた
  ちには無執着でいなさい。・・・・・・パーソナリティー的な関係は
  枯渇させ、活力を奪う。
『トランス・ヒマラヤ密教入門 第4巻』 P.81
(注によるとオリジナルは『新しい時代の弟子道I 』 P.455からの引用)

これからの人間の生き方には2通りの道がある。
一般に考えられているように、この世に名前ある存在として生存する生きる。そのパーソナリティーを追及する道。もう一つは、魂の持つ波動に集約されていく道。そこには、個人はおろか人間という制約もなく、植物界、雲、宇宙…さまざまなものが波動に共鳴している。

パーソナリティー的な世界は、時間という制約の中では力を発揮する。だが人間のパーソナリティーの世界に埋没する人間には美しさを感じられない。「生命の樹」の下位のセフィロトしか使っておらず上位の階層からのエネルギーを受けていない創造物はその精神次元の耐用時間に従って風化していく。バブルの頃に流行った事々にはそんな色がある。

波動には時間もなく、成功するとか失敗とか正しいとか間違っているとかの人間的な概念は無い。ただ、感じ取れるかどうか。人間の魂の故郷はそこであり、やがてそこに戻っていく。だから、色々な経験をこの世で積んで、そして出来れば生きている間にその波動を感じながら生き、そして波動に見守られながらこの世から波動の中に迎えられれば幸せだ。

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「桜の季節」

EXILEのATSUSHIさんが中学生の合唱コンクールのために作曲した『桜の季節』が素晴らしい。

たまたま、北海道千歳の中学生たちの生の歌声を聴いて、何て純粋な曲なんだろうと思い、Youtubeの授賞式やATSUSHIさんの中学生との対話を見て、中学生の心の輝きに「ああ、この世もまだまだ捨てたもんじゃないな」と思った。純粋な思いに生きているからこその表情や感激の共感を中学生ではまだ辛うじて保っている。

でも、だんだん年齢を重ねるほどに精神性を失ってしまうのは、たぶん性の活性化と関係しているような気がする。

ちょうど、高校生の年代のオイリュトミーの舞台を観て、「どの子も神の示現した姿のようにそれぞれに美しい」と思えた翌日の出来事だった。

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2014.11.11

心に残ったこと 霊的習慣

書き留めておかないと消え去ってしまう心に残った言葉の数々


  「肉体的に正しいことをすること」に彼の目を集中させることは
  時間とエネルギーの浪費である。なぜなら、彼はそれを自動的に
  行い、霊的習慣がすべての低位の肉体的傾向を相殺するから
  である。このような習慣の発達が自動的に、低位の欲望を満足
  させようとするこれらの欲求の誘惑に彼が打ち勝つのを可能
  にする。肉体的欲望が支配する危険性のある者がアシュラム
  の輪に受け入れられることはない。私は事実を述べているので
  ある。これは特に、第一イニシエーションの準備をしている者に
  当てはまる。

『トランス・ヒマラヤ密教入門 第4巻』 P.122
(注によるとオリジナルは『光線とイニシエーション』 P.125-6からの引用)


アリス・ベイリーを読むと暗闇に光が差して自分の居場所がどの辺りにあって何を目指さなければならないかに気づかせられる。浄化される心地よい本・教えられる本は沢山あるが、今はアリス・ベイリーが一番ぴったり来る。

この文章の中の「霊的習慣」という言葉。
これが人間の人生の目的のすべてと言えるのではないかと思った。自分と言う個を意思の力で統御できること、それが第一イニシエーション。

かつて若いときは出来ていた。
おそらく前世でそうしたことをやっていたのだと思う。
混乱の後、再びその課題にめぐり合った気分だ。

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