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2009.02.28

サバイバル

私は、中学の頃、天国から地獄へ転落するような
体験をしました。あの時初めて分かったけど、
転落すると、転落するなりに世界が存在するもの
だなあと思いました。けれど、そこは以前とは格が
違う世界でした。

その転落自体は敢えて飛び込んだような側面が
ありましたが、何もこの世の怖さを知らない天狗
になっていたせいか、全く無防備でした。

出だしからボタンの掛け違えというか、罠に嵌って
いた気がします。魔的な存在は、最初は非常に
注意深く正面ではなく、気が付くか付かないかの
隙を狙って食い込みます。しかし、それが後々
大きな意味を持って来ますし、一つが成功すると
どんどん大胆になってきます。

気が付いたときには、自分が何処にいるか
見当も付かない状態に惑わされてしまっていました。
そうした状態で、聖なる存在・・・先祖様でも神様でも
良いのですが、そういった存在との関係を絶たせた
後、安全だと分かると、狙った獲物を丸ごと食い物
にします。そして、食い荒らして旨味が無くなると
次の獲物を探します。まさに肉食動物のようです。

最初に危機に気づいたときに決断する一手が
すごく大事です。そういうときに甘い餌で引っ掛けよう
とします。真実なる道は高く遠く厳しいものなので
ついつい信じられなくなるものです。
そうして、甘い餌に寄って行くと、助けようとする
正しい力も暫くは手を出せなくなってしまうようです。

もっとも身近な存在が魔の手先となって私を陥れる
役割を恐らく本人が無意識のうちに担っていました。
当時はそんなことなど気も付かず、いとも簡単に
術中におちていきました。

人類は正しい未来に向かって上昇しているなどと
考えていた私は、この世にはそうではない世界が
存在するということを嫌というほど味わうことになり
ました。

私が今こうして生きていられるのは本当に奇跡だと
思います。

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2009.02.26

月の呼吸

ここ数年、社団法人大阪南太平洋協会が
出している旧暦カレンダーというのを使っています。
これは、旧暦がメインで新暦が従という構成になっています。

もう、昨日になってしまうのですが、新月が2009年2月25日
AM10時35分頃にうお座でありました。

旧暦の月は、新月から始まります。満月が15日です。
ですから昨日は如月の一日(ついたち)になります。

この月の満ち引きを一呼吸と考えると、新月は息を吐ききって
吸気に切り替わるポイントです。
満月は、胸いっぱいに吸い込んで、息を吐き始めるポイントです。

よく、満月に願掛けをするということが風習としてありますが
むしろ、月の意識は新月にあると確信します。
それは、ホロスコープの出生図でも前新月が集団意識
として人生のテーマをすごくよく表すことからも分かります。

月は、新月の意識(テーマ)を一月かけて影響を与えるはずです。
そこで、暫く新月のテーマを意識(活性化)して生活してみようと
思いました。
今回の如月のテーマは、占星術のサビアンでは、
「一条の光に照らされた大きな十字架が海霧のたちこめた岩の上に
横たわっている」となっています。
簡単に意味をまとめると、(殉教のような)自己犠牲と
それに対する救済とか希望とか、そういうイメージです。
新暦の3月26日までは、そういったテーマが発現し易いのでは
ないかと思います。
結果は、またその頃に検証できればと思います。

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2009.02.20

最近、仕事と会計の勉強とでコマネズミのように時間をやりくりして
一日が終わります。ふと、中学時代の頃を思い出します。
体育系のクラブが放課後毎日、それと英語の塾そして家庭教師が
それぞれ週2回。いつも時間に追われていて、今の気分そのものです。
ゆっくり立ち止まって季節を味わう余裕がなくて、当時はつらかった。
(2年目くらいには慣れてきましたが)

そんな中で、視聴覚教室(当時はLLと言っていた)
の英語の授業で隣り合わせに座る女子が気になり始めたのは、
一年生の夏頃だったかな。不思議なくらいに感覚がすっと溶け込めて、
生まれて初めて、縁というものを感じました。
しかし、当時は三角関係とか色んなことが気になって
自分の気持ちを素直に打ち出せずに、というよりも
自己犠牲のような意識で、その当時、自分の気持ちを封じ込めて
しまいました。

そうした縁というものは、その時掴まなかったら
生かせないものだったというのは、今だから分かること。
その後、その人のことはずっと尾を引いてしまいました。

今の妻は、突然登場して「私があなたの結婚相手なのよ」
と宣言して、本当にそうなってしまった感じの出会いで、
考えている余裕を与えなかったし、逆にそれが良かった。
じっくり付き合ったりしていたら、思い出から抜け切れなくて
今でも独身だったかもしれないという気がします。
これも縁なのかな、と思います。

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2009.02.15

過去と未来

明日から、再び資格試験のスクール通いが始まります。
相当スケジュールを詰め込まないと期日までに終了
できない、結構ハードな状況になっていることに昨日
気がつきました。

今までの人生を振り返って、書き残しておきたいことを
連載のような内容の構想を考えていたのだけれど、
この先、いつ書けるか分からない状況なので
なんの取りとめも無く思いつくことを書いていきます。

地域差もあるかもしれないけれど、1970年代
科学技術という夢を日本人は大人も子供も信じていました。
月着陸だったり、テレビもラジオも生活も・・・
日常が歯車のように大回転して世の中を
変えて行って迷いなんかありませんでした。

翻って今日、私は生活の傍ら、遥かな過去つまり歴史
というか日本のルーツと言うところに新しい何かが
あると感じています。日本は世界からの文明が流れてくる
終着地そして、大陸プレートの集まる場所でもあります。
日本のルーツは確実に朝鮮半島そして旧渤海国のあった
中国東北部とつながっていると思います。そして、現在の
イスラム圏の諸国とも、当時陸路・海路でつながりがありました。

現代の文明は近くはルネッサンスから世界に波及して
きていると思います。これは、何か欠けた文明です。
2012年に変化があると言われています。

実は、地球の物理的な3次元世界と、
精神的な高次元の世界は別に存在していて
その高次元の世界は消えたり無くなったりせず
いつもそこにあると思います。
ただ、そこにアクセスできるかどうかという
問題だけです。だから、この3次元の世界が
変わっても大したことではない、とは思います。

私はただ、より高い精神次元にアクセスが許されれば
それで満足です。だから今日もまた禊(身削ぎ)の
気持ちで生きて行ければいいなと思います。

ただ、2012年に象徴されるこれから暫くの時期は
人類に課せられた課題であることは確かで、
おそらくある時期以降、人類を一括りで
扱えなくなるような気がします。つまり、分離
していくようなイメージです。
おそらく、世界をお金の力で支配している人たち
も同じようなことを認識して積極的に変革に
取り組んでいると思います。
ただ、彼らは操られているような気がします。

うお座のプラトン月(2150年周期)を総括する
時期です。そこにはイエスキリストの存在の
再理解ということを避けて通れないでしょう。
今生きている人間一人ひとりが、背後に控えている
あの世の魂の代表者です。
そして、各自それぞれが答えを出さなくてはなりません。

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2009.02.11

食を細くする

随分、ご無沙汰してしまいました。
外面的には、資格試験にここ数年取り組んでいて
その勉強(今でもまだ継続中ですが)のためと、
やはり会社の仕事のために書き物をする気が
起きなかった、と言うことになります。
内面的には、ネット上にアイデアなり考えなり
を公開することの良し悪しが自分の中で整理
しきれてない気がしてました。

さて、本題に移りますが
「食べない」と言うことが非常に意味がある
とはっきり分かってきました。
たまたま、会社での雑談で不食の話が出た
時に、Amazonで面白い本がたくさんあること
を知り、いくつか読んでみました。
森美智代さんの『「食べること、やめました」』
を最初に読みましたが、中々良い本でした。
体操もやってみましたし、今日ミルマグとか
柿の葉茶、それとミキサーを買って野菜ジュ
ースを作って飲んでみたところです。
(冷凍青汁は普通のドラッグストアにはなくて、
ネット通販でしか買えないっぽいです。)

丁度、3日程前からインフルエンザっぽい
症状で、だいぶ収まってきましたが
寝てる間、結果的に食欲が無く減食
(一日おかゆ一食くらい、後はリンゴ一個程度)
でしたが、快方に向かってもその量のまま
維持できています。
「食を細くすると気が散らない」と言うのは
非常に実感しました。以前のように気がつくと
ダラダラ過ごしていたという時間が無いです。
目的意識をはっきり持って時間を使っている
気がします。

あと、身の回りの汚れが気になるようになりました。
気がつくと、ここ数日トイレに入るたびにペーパー
で掃除していて、真っ白でした。
今日は台所を綺麗に拭き掃除しました。

先ほどの森美智代さんは、甲田光雄さんの
患者だった方です。先生の甲田さんの本を読んで
いると西式健康法と五井昌久さん(世界救世教)
と関連があるようでした。
甲田さんの宿便の説明はよく納得できます。
体が消化できる以上に取り込んでしまい、
道路が渋滞した状態。
その滞留が宿便だそうです。食物は後から
どんどん来ますから、消化しきれないまま
次に流して行き、悪玉菌が腸内に発生して
それを体内に取り込んでいるのが万病の元だと。

さて、別な本ですがジャスムヒーンさんの
『神々の食べ物』という本は最初取っつき悪く、
パラパラめくって面白くないなあと感じました。
(まあ、それほど『「食べること、やめました」』
が面白かったんですが)
しかし、次のくだりが非常に心に残ったんです。

『神々の食べ物』P.85
「あらゆる肉と魚介類なし」の食事に慣れたら
(すなわち顔のあるものは食べないということです)

これを読んで、つまり顔があると言うことは
魂に個性があるということだから、その魂を
犠牲にすることは罪があると自然と思いました。
私たちは、そのことを意識をして、機会があったら
その罪滅ぼしをする気持ちでいるべきだと思いました。

『神々の食べ物』を読むと、精神波動を上昇させる
には、食をコントロールする必要があるということが
書かれています。考えてみると、我々が死んだら
まず、こうした食への執着をコントロールするところ
から始まると思うので、精妙な波動に乗るためには
意識が食の外にある必要があると思います。
実際、あまり食べないで居ると街中を夕方に歩くと
美味しい匂いにあふれています。でも、欲しいという
欲求よりも、その匂いの気で満足できる気がしました。

これから先、食料危機が訪れてたんぱく質が
食べられないとかカロリー不足だと騒がれていますが
そういう時代は強制的に食を細くして、人類の
波動を上昇させるということだと思います。
そのときに、今まで通りの食を維持したい人達は
命がけで食の奪い合いをするのだと思います。
しかし、次元上昇を受け入れる人たちは、極々
自然に、粗食を生活の中に受け入れて満足して
生きていけるのだと、ここ数日間で実感しました。

ただ、育ち盛りの子供達は、肉体を成長させないと
いけないので、同列には論じられないと思いますが。

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