« December 2004 | Main | April 2005 »

2005.03.18

M&A地上げ論

ニッポン放送vsホリエモンは随分
構図が見えてきたように思う。
結局、村上世彰氏が絵を描いていて
ホリエモンは鉄砲玉で暴れまわっているが、
村上ファンドとライブドアはシナリオを共有
しているのであろう。ニッポン放送株の過半数
取得の動きにしてもそうした背景があったと
しか考えられない。

後はリーマン・ブラザーズが単に
金儲けの目的で一枚噛んでいるだけか、
フジ・サンケイの牙城に食い込んで
メディアの一翼を手中に収めたいのか
の見極めが現時点では付かない。

ニッポン・フジ側はホリエモンに
気を取られすぎず、リーマン側の
今後の動きを察知した上で、例えば
リーマンと話をつけて村上側と切り離す
などの戦略的行動に打って出る必要が
あるだろう。

村上氏の言っている株主万能の考え方
は一貫していてもっともらしいが、
結局彼の主張する資本主義の成れの果て
がアメリカの産業を骨抜きにしたことを
考えれば、時代のあだ花に過ぎないと感じる。
彼はそもそもメディアを経営する気も無いし
その器でもない。ただ欧米流の資本主義を
知らない日本の企業を見つけて金儲け
するのが仕事なのだ。
しかし、これがM&Aの王道なのだろうか。
言いがかりを付けて金を脅し取るのと
構図の上で違いがあるだろうか?

あるべきM&Aというのは、経営というのが
軸になっていなければならないと感じる。
今でも、都心を一歩外れると、駐車場や
空き地がモザイク上にになって放置された
ままになっている土地があるが、
例えばごちゃごちゃした低層住宅の中から
ある高層ビルをイメージし、土地を買い
集めてそれを実現する。M&Aもそうした
ものではないのか。

例えば、PDFファイル閲覧時にAdove Readerが
立ち上がるが、起動までにしばらく待たされる。
その起動画面に記載された大量の特許番号を
仕方なく眺めている。考えてみるとあのアクロ
バットの発想は以前LaTexが唱えていたものと
全く瓜二つではないかと思える。
詳しくは調べていないのだが、あのアクロバット
のソフトを完成させる為にはLaTexの技術や
特許をかなり利用したんじゃないだろうか。

その時先ほどの地上げと同じことが言えると思う。
六本木ヒルズではないが、あちこちに虫食い
に土地があって、誰も気がついていない時、
そこを繋ぐ新しいイメージを持った人が
必要な土地(ソフトの場合は会社や特許が
それにあたる)を集めてまとまった土地に
建物を建てて投資し利潤を上げ、それに
よって市場や新しい価値が生まれる。
実のあるM&Aというのは、こうした現実に
対するビジョンの再構築が必要なのでは
ないだろうか。

| | TrackBack (0)

2005.03.17

教育における秘密結社待望論

私は個人的に人の教育でいつが一番重要か
というと、中等教育、具体的には中学から
高校の時期だと思っている。
この時期に受けたイニシエーションは後の
人生を決定するほどの影響力を持つ。

欧米には、秘密結社の伝統が残っていて、
それが文化の深みを担保しているのではな
いかと思う。

日本には、これに相当するムラ組織での行事
や祭りあるいは通過儀礼が江戸期には確立し
ていたと思うが、明治以降の欧風化の中で徐
々に失われていったと思われる。
しかし、戦前の旧制高校のバンカラな気風は
ヨーロッパのパブリックスクールを日本なり
にアレンジしたもので、一種の秘密結社的な
意味合い、精神的なよりどころを持っていた
のではないか。
軍で言えば、士官学校がそれに相当するだろ
うか。戦前の教師には、またそうしたことを
漢籍の素読などの伝統によってよく考え理解
している大人が多かったのではないかと思う。
私の愛読書の「次郎物語」には、そういう立
派な大人・教師がどっしりと社会・家庭を支
えていたことが伺える。
戦後は、イニシエーションが核=実体を伴わ
ないまま、もっぱら受験競争に一本化され、
それが少子化の流れを受けて意味を成さなく
なってきたというのがいまの時代だと言えないか。

そんなときにふと思い出したのが1989年に
アカデミー賞を受賞した「いまを生きる」
(主演:ロビン・ウィリアムズ、原題
「DEAD POETS SOCIETY」)という映画だ。

私も細かい筋はほとんど忘れてしまっていた。
ストーリーは「SUZUのぼやき」に詳しい
(ただしネタばれなのでご注意)
ただ、この映画の中の”死せる詩人の会”
が夜に集会を催して、炎の光を囲んで
心の裡を告白していくという経験を、
思い出したからで、本当はこの時期の青年は
それを必要としているのではないかと思う。

こんにち、学習や金銭と紐付けせず、
求める若い人がそういう経験を安全にできたら
きっと人生にとって大きな意義のあることだと思う。

| | TrackBack (0)

2005.03.15

日本の戦後に封印された「問い」

例えば、相手が殴ってきたから
殴り返したとする。ところが、
いつの間にか、相手から先に手を
出したということが帳消しにされて
しまったとしよう。そうなると
こちらが一方的に悪いという
ことにすりかえられてしまう。

小は喧嘩から、大は戦争に至るまで
端緒の出来事(時間の幅)をどこから
含めるかによって善悪の見方がまったく
変わる。

お互いに正義を背負っており
それぞれに言い分がある。
それゆえ、当事者には緩和すること
が難しく火に油を注ぐが如く、何かの
きっかけで爆発的にエスカレートして
お互いに不幸な結果となる。
お互い打ち消しあって潰しあいの関係
になる。一般にエスカレーションする
大きな諍い事は大抵このメカニズムが
働いている。

どうしようもない対立といがみ合い
の渦中で、お互いに正義を譲れない
とすれば、結果的に「力」で解決する
世界に落ちてしまうが、それは本来の
真実の姿とは別の判定に至るだろう。

日本国憲法は、制定の過程において色々
問題があったが、あの終戦という歴史の
場面に日本国民の共通感情として、
正義と正義のぶつかり合いにおいて
それを力で解決することの後悔を
感じていたということは言えると思う。
しかし、残念なことに、それは歴史に
ハンマーで打ち込んだ「設問」に止まって
おり、今もって日本人の後代への問題提起
のままなのだ。今日、時間を経てより意識
を深めたとは言いがたく、皮相的に憲法の
理念を公式として有り難がるか打算的に利
用しようとしているだけの気がする。
問いに答え切れていないのに、問題それ
自体を無いものにしてしまおうという
方向に傾いてきている。たぶん、きちん
と答えなければ正しい形で次の門が開か
ないと思う。

遠い憲法の話だけではない。
例えば、親子関係で、親はひどい仕打ち
を子どもにしていても親自身は大抵は
忘れてしまって、子どもが成長してから
反発を覚えてそれなりの行動を取ると
一般常識からみてなんて冷酷な人間なんだ
と、悪者にされてしまう。
また、会社や学校などの集団でも同じように
集団の個々の構成員には気づかないような
わずかな積み重ねが、ある個人にとって
由々しき問題だったという可能性もある
だろう。
アメリカがテロに狙われるのも、
日本が中国や韓国にバッシングされるのも
時間の軸をどうとるか、短期か長期かで
非人道的な行為が合理的な場合もありうる。
長い間の蓄積を考慮に入れると
先に手を出したのはどっちなのか混沌と
してきてしまう。

極端な話、犯罪や交通事故でも同じ
ジレンマに陥る可能性がある。
加害者は忘れ易く被害者は忘れ難い。
水面下にわだかまりの塊となって
残っている場合、それをどう解決していけば
良いのか。金や力というのが現代的な
答えだろうが。それで心は癒されるのか。
聖書の福音書では、「右の頬を打たれれば
左の頬を差し出しなさい。」と語っている。
これは、凄いことだが、人として悲壮感が
漂うことは否めない。
きっと、これに対して、お互いに和顔愛語に
至る道があるのではないかという気がする。
日本国憲法には、その具体的な方法
は書かれていないが、武力というのが
その解決策ではなかったんだ、という
気持ちは伝わってくる。そして、現代の我々
は物質(金)が解でもなかったことを知って
いる。

エジプトでモーセが出てきてスフィンクス
の問いに答えをだしたように、日本に与え
られた問いに誰かが答えを出さなければなら
ない。その答えがわかるまで、日本の時代は
来ないだろう。岩戸開きと同じで、騙したら
騙した神様しか出てこないということ。

| | TrackBack (0)

2005.03.11

映画「ローレライ」

書店で見かけたムック本の写真が
とても綺麗でストーリも面白そうで
何年か振りに映画館に飛び込んだ。

CGやストーリ、設定など「あれれ・・・」
とツッコミたくなることが多くて
途中ですっかり醒めてしまった。

歴史や戦争を知らない人が脚本や監督を
やっていると思った。
ただ、原作は読んでいないが、物語の
基本構造には興味深いテーマを含んでいるので
おそらく、原作者:福井晴敏は見据えている
ことを監督:樋口真嗣はわかっていないのだ
と思う。
印象に残ったことが2点ある。
一つは、映画のタイトルにもなった「ローレライシステム」
これは、一種のサイコ兵器で、水を媒介に
意識や物理的な空間をイメージできる特殊能力
を基にしている。
原作者がどこからこのアイデアを見つけたか
わからないが、昔、松村潔氏の日記に、かつて
旧海軍でこうしたサイコ兵器を使っていた形跡
があり水交社に関係しているという話だったと思う。
『日本に君臨するもの』によると、なぜか
この旧水交社ビルは東京大空襲の攻撃対象から
はずされており、現在この旧水交社の土地は
日本メソニック・ビルが建っていて、ビルの
地下駐車場の40%を森ビルが信託されている
らしい。
「ローレライシステム」が水を媒介としている
あたりがそういったものを彷彿とさせる。
これに関しては、裏取りもできないので、
いまのところ、一種の物語でしかない。

もう一点は、原爆の描き方。
よくあるキノコ雲を遠くから眺めるのではなく
爆心地の空間にいたであろう人間の視線
で描いている。そしてヒロイン=特殊能力者は
その無数の魂の突然の出来事(長崎への原爆投下)
を感受して絶叫をあげる。
いままで、こんな映像はなかったのではないか。
改めて、日本人のトラウマ、そしてアメリカが
行ったことの意味を感覚として問いかけられた
気がする。それについては個人個人レベルの鎮魂では
押さえ込まれていると思うが、本当の意味で日本人自身
決着がついておらず、その爆心地グラウンドゼロの灼熱
の火炎の中で静かに反芻して考えてみる要素が残っている。
これは何なのかと。

出来としては、つまらない印象だったのだが
深層において、物語の底辺部分において
語りかけてくる何かがある。
無意識世界の向こう側から掘り起こしてくれと
言われているような気がする。

| | TrackBack (1)

ホリエモンは経営者か役者か?

先ほど、東京地裁の判断はニッポン放送新株
予約権発行差し止めと下った。
リングの場外乱闘はなくなり、以下の3つ巴の戦いが続く。

ライブドア  42.23%(7日)
フジテレビ  36.47%(10日)
村上ファンド 18.57%(5日)
---------------------------
  以上合計で97.27%

この先の第2ラウンドは、ニッポン放送株が上場廃止になるか
どうかが焦点になるだろうが、おそらく6月の定時株主総会
までジャブの打ち合いで、もつれ込んでいくだろう。

9日の日経新聞には、8日のゴールデン・アロー賞会場での
報道陣の質問に対して堀江氏は次のように答えたとある。
『まあ、想定内ですから・・・・・・。(中略)
プロ野球問題のときは想定外のことが起こり、びっくりの
連続だった。今回(の買収)は練りに練っている。大勝負
ですから」と話した。』
ライブドアの堀江氏自身の社長日記も少しさかのぼって読んで
見たが、策士・老獪な経営者の印象はなく学生サークルの
延長みたいな生活だなと思った。
今回のシナリオを緻密に描いた人間が別にいるといるという
気がしてならない。
それは、辞任した猪木主任弁護士か、それとも村上世彰氏か。
辞任したということは、何かボタンのかけ違いがあったのか
もし読み違えがあったとしたら、どこかの時点でライブドアは
守りに入るはずだ。
また、なぜリーマンが巨額の資金を出したのかがわからない。
リスクに比べて果たして儲かる話なのか?

村上&ライブドア連合、裏で糸を引くリーマンというのが
最もわかりやすい構図だ。
フジ側は、今回のように徹底抗戦するか、寝技に入る
(ライブドア側に経営させて、だめだったら営業成績悪化の
責任をとらせ退陣させる、場合によってはライブドア側に
社員を送り込んで逆に飲み込んでしまう・・・可能かどうか
わからないが、「名を捨てて実をとる」作戦)など
幾つか選択肢があったかもしれないが、
少なくとも、ここまでのフジ側の動きは常識的であり
予測可能であった。これに対し堀江氏はどういう戦略と
成算があって勝てると踏んでいるのか?何をどうしたいのか。
堀江氏は今回の件で、儲けより、あえて目立つことを
優先させているような気がする。真剣に業務提携を
模索する者のとる言動ではない。ライブドアの経営としては
こんなことで成りたつのか?
それとも、リーマン側の日本のM&Aに対する反応を見る
市場調査の代理人だったのか。

堀江氏が主張するメディアとITの融合という主張に、誰もが
首をかしげている。
AOLによるタイムワーナーの買収が効果を上げなかったように
米国のトレンドは、このようなネット企業礼賛は既に時代遅れで、
逆に既存メディアがネット企業を買う動きが広がっているらしい。
フジテレビVSライブドア 海外メディアの見方
堀江氏から具体的なビジョンやストーリの説明が無く、ただの
お題目に見える。だから、支配権を握っても成功する確率は低い
と思う。そしてそれだけ語る夢が空虚でありながら、
実際に動いている金は800億と半端ではない。
なぜ具体的にその未来像やビジネスに繋がるコンセプトを示せ
ないのか。こんな貧弱な動機でベンチャーの社長がわざわざ
会社の屋台骨を揺るがす仕掛けをするか?
既にリーマンに自社株の28.40%を握られているのだ。
ぜひとも大向こうを唸らせる決め技を繰り出してきて欲しい。
堀江氏側は、まだタテマエでしか自分を語っていない。
次の反撃の一手で彼の本性や背景が見えてくるような気がする。

| | TrackBack (0)

« December 2004 | Main | April 2005 »