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2004.11.29

細切れをつなぎ合わせて時間を作り出す

今日、少し感じることがあった。
子供が生まれてからわが家にはテレビが無いが、先日、
たまたま旅館のテレビ(NHKの新日曜美術館)で見た女流画家
「小倉遊亀」のインタビューで
『独身時代は頭に氷鉢巻を巻いて一日中絵を描いていたが、
今思えば、本当の芸術ではなかった。(その頃の代表作が
「浴女」)
結婚してから主人の相手をして、本当に5分10分の細切れの
ごみのような時間でも、それをつなぎ合わせることによって
絵が続けられることを知った。』
そんな内容だった。
私も仕事と育児・家事でなかなか自分の勉強の時間が取れず
困っていた。でも、思い切って、この5分・10分の時間だけでも
さっと開いて、さっと閉じる、ということをするだけでも
ずいぶん気の持ちようも、作業の進み具合も違うということが
今日、はっきり分かった。
形式ばって、これは何々のための時間、これは何々のための時間
というように綺麗に分けようとすると、どうしても時間が足りなくなる。
けれど、サブリミナルのように細切れを紛れ込ますことによって
時間の濃度を高めることができるような気がした。

この小倉遊亀は、他にも京の舞妓さんにも草花と同じ美しさを
持った子が居た、それは無自覚の美、といった含蓄の深い
言葉を次々と語って、正しく年輪を重ねた人間の凄さというもの
を感じさせられた。

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2004.11.26

昭和の美しかった頃

オフコースの初期の頃のアルバムを聴いていると
あの時代の匂いを感じる。
私にとってその時代というのは、1970年代の後半だ。
うまく言い表せないけど、喧騒の去ったあとの夕暮れ
の美しさにしばし時間を忘れるような感覚。
社会の中に、まだ貧困とか公害とかが残っていたけれど
それが、いつの間にか掻き消えて、誰もが真面目に前向き
だけど、誰も知らないラグジュアリーな発見に密かに打ち
震える感覚。
そんな風向きが変わる凪の一瞬のような空気を、
私や私の同年代は呼吸していた。

あの時代、私たちはまだ時代の流れの上にあって、
健全でもあったし、素直でもあった。
今は、道から外れて中身が干からびて形式だけを辛うじて
保っている時代だ。

私は、あの頃もう少しその夕暮れのようなぽっかりと空いた
凪の中に佇んでじっと浸って居たかった。
あの頃は、そうやってぼーっとしていることを罪悪のように
感じる意識があった。だから、ゆっくり思いを馳せる暇も無く
そこから追い立てられてしまった。
もう少し、自分に正直に夕日を見ながらいつまでもその場を
動かずに、そこにじっと居れば良かった。
そうすれば、ひょっとしたら時間は私を通り越して、私を
見落として先に進んで行ってくれたかもしれない。
できればそうしたかった。その、いつまでも動かない場所は、
きっと日本庭園の雲水の模様だったり絵画・芸術だったり
そんなものと繋がっているはずだった。
その静寂な永遠性を心に秘めて、そこから世界を眺めれば
違った世界が見えてくるように思えた。
長い長い時間を経て、最近あの頃のことが少しずつ蘇ってくる。

これから先、どのような人生で、この社会がどのような運命か
定かではないけれども、いずれ死んだら、あの世界に還れれば
それが本望かもしれない。

※最近、本業の方が忙しく更新する余裕が無いですが
書き込む材料だけはどんどん溜まって行っています。
このまま書き込まないまま行くような気もするし、
一気に書き込むような気もするし、
ただ、ナレッジの研究だけは前進しています。いずれ成果を
発表できる時が来るでしょう。

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