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2004.08.10

日本企業と外資の経営手法はどちらか生き残るか

最近経済書を見たり、報道に接したり
実際に見聞する中で感じ始めた印象として
日本企業と外資(特にアメリカ資本)の
企業とでは経営や企業の捉え方が違って
いるのではないかと思える。
質の追求、品質面で日本は今でも世界一
かも知れない。このあたり、ITの世界に
身を置いているともう文化の違いのように
思えてくる。昔と全然変わらない。
その反面、アメリカには世界を構築する力。
生み出す力。それに対する心理的抵抗が少
ないと言うより積極的にそれをインスパイア
する気風があると思う。
品質にコストと時間をかけるより、
もっと先の世界に進むべきということなのだろう。

最近、会社は株主のものだという主張が
定着してきている。それが進むと、
当然米国の企業のように利益中心になるだろう。
テルモ社長の和地孝氏は、
「米国企業は、会社がマネーの変形なんです。
お金を稼ぐ手段です。」
と述べられている。
(日経情報ストラテジー2004.04 P.30)

日本のダメ会社もあれば、外資のダメ会社も
あるけれども、共通しているのは
現場と上層部が乖離している会社、
顧客の方を向いていない会社
だなあというのが、上記の日経ストラテジーの
特集に載っていた「企業変革術」を読んでの感想。
その上で、共有する熱意や場のようなものを醸成
できるかどうか。未来をイメージして継続して
それを打ち出していける会社が、顧客の信頼を
得るということなのだ。
そして、結局顧客の方を見て顧客に喜ばれることを
存在意義の中心に据えないと、社内というか
経営判断がおかしくなるのだと思う。

社員を資産とみなさずコストとみなして、
利益中心、株主中心でこれから日本で外資
は生き残っていけるのかという疑問が湧く。
小宮一慶氏の『リーダーのための実践する経営』には、
「アメリカ流の経営は株主第一といっていますが、
失敗するでしょう。」と書かれている。(P.279)
その理由は、顧客第一の考え方と株主(会社中心)
との利害が対立するからとのこと。

阪上浩氏は、高価格でも売れる製品やサービスの
根源として「何を、どこから、いくらで買
うかの選択権はあくまで買い手にある。モ
ノ不足の時代ならいざ知らず、売り手が買い
手を誘導・操縦・管理するなどという発想は
まったく通用しない。売り手側からの発想に
訣別して買い手側の発想に変えない限り、ど
んなに素晴らしい技術を持っていても「売れ
る製品やサービス」には生かされないことを
心すべきである。
 真の「顧客重視」「顧客志向」「顧客本位」
「顧客中心」とは「選択権は買い手側にある」
ことを心底納得して「どうすれば顧客に我が社
を選び続けてもらえるか、そのためには何をす
べきか」を徹底的に考え、かつ実行することで
ある。」と述べている。
(日経アドバンテージ2004.2 P.81)

こうした、徹底した顧客中心のあり方は、
まさに日本企業が普通に持っていた
DNAではないかと思う。
バブルがはじけるまで、日本企業は世界を
席巻していたわけで、金融の世界では
負けてしまっても、企業統治の面で
決して劣っていたわけではないと思う。

外資は、商法改正で資本の論理でこれから
日本をM&Aで席巻すると思う。
また、UFJの報道を見ていると彼らは政治とセット
で市場に入ってくる。
しかし、これからは、外資一辺倒の一人勝ち
ではないと思う。これからは、少し
風向きも変わってくるのではないか。

最近目にする良き企業のあり方が
あまりにも共通していて、同じことをあちらこちらで
異口同音に主張しているのを見て、気にかかった
次第。日本企業が品質を譲れないように、
本来持つ顧客中心の企業の志といったもの
を大切にして、そのレベルを高めていく努力を
続けていくという、当たり前の経営にもっと
自信を持たなければならないし、
決してこれからも日本的な経営は価値を失わない
と信じる。

経営の心棒をしっかりさせれば、後はもっと
情報の感度を高くしてより深く分析し
謀略に用心しないといけない。
その意味で、現場から一線を離れもっぱら思索の
生活をする韓国サムスン会長李健熙(イ・ゴンヒ)
氏の統治は興味深いと思う。
一番強いのは、株主主導の短期的な経営ではなく
目線の高いオーナー経営なんだろうと思う。

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2004.08.07

皆神山の光景

先月の終わり、上信越自動車道を走っていたら
まるで思いがけなく皆神山を見た。
箱庭のような風景だった。
扇状地に松代の町並み、その向こうにラクダの
二つこぶのような皆神山がまるで身近に見えた。
なぜだか分からないが、心の中からこみ上げる
ものがあって思わず手を合わせた。
少し印象は違うかもしれないけど、愛知環状
鉄道で豊田市から岡崎方面に行く途中の河の流れ
の光景にも似たような清々しい印象を受けた記憶
がある。

なぜ、こんなことを思い出したのか…
ここ数日来、『網野善彦を継ぐ』だとか
関裕二の『図解「古代史」』だとかを
読んで、日本史における天皇について
考えていた。
確か重慶でのサッカーの試合で中国人が
日本に対して侮蔑的な行為をしたという
ことで問題になっているが、
そもそもの起源を辿ると、太平洋戦争での
日本人の万世一系の尊皇思想が齎した
差別意識・優越意識のしっぺ返しだと思う。
日本書紀に書かれた天皇は、聖なる存在と
いうより政治的な血なまぐさい世界だ。

HOLYなるもののかすかな光は、大和朝廷の前
卑弥呼の時代のシャーマンな祭政一致の姿だ。
大陸なかんずく朝鮮半島から渡来してきた
ヤマトの文明をルーツに据えるか、卑弥呼や
恐らくそれ以前まで続いていた、もう少し
土着的なものをルーツに据えるかで
日本人の自己像はずいぶん変わってしまうだろう。
明治の時代は、明らかにヤマトを志向していた。
江戸時代は、どうだったのだろう。

最近、縄文に触れてみたい。その時代と
語り合ってみたいと切に願うようになった。
そうしないと、日本人は自らを見失ったまま
漂流しつづけるような気がするからだ。

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2004.08.05

ナレッジマネジメントの一つの方向性を示す「TRIZ」

ナレッジマネジメントフォーラム2004の記事にも書いたように、今後KMは器やツールではなく、
その成果物、すなわちコンテンツのデータそのものが
商売のネタになるだろうと予想したが、
「TRIZ」(トゥリーズ:国内では三菱総合研究所が扱っている
というシステムが静かに定着しつつあるようだ。
もともとはロシア生まれのツールで、250万件の特許を分析し
モノづくりの研究開発などでの過去のベストプラクティスから、
問題解決のヒントや過去の解決事例を提示してくれる。
様々な特許技術を抽象化してデータベース化されており
類似する解決策を今直面している問題に応用して適用できる。
主な機能として、40の発明原理と76の発明標準(標準解)と、
問題解決のための逆引き百科事典から構成されている。
韓国サムスンがグループを挙げて(サムスン電子やサムスン総合技術院)
TRIZを取り入れシックスシグマなどと融合し独自の応用
を図っているのには驚かされる。
サムスンではTRIZを如何にして適用したか
なんとTRIZを利用したアイデア商品による利益は10億ドルを超えるという。
(詳細なプレゼン内容
まるで、かつて日本の製造業が今日の品質を獲得するに至った
「デミング賞」を髣髴とさせる。
このシステムは、例えばMBAなどのコンテンツに入れ替えれば
そのまま経営層向けにDSS(意思決定支援システム)として
使えるのではないかと思った。

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「最新言語モデルとマルチメディア情報検索」に行ってきた。

MMAコンソシアム:主催、セマロジー(株):共催
2004年8月4日10:30~17:00
午前:吹谷 和雄(意味解析技術応用研究所㈱代表取締役)
午後:北 研二(徳島大学高度情報化基盤センター)

吹谷氏は元数学者でベクトル空間モデルを位相空間モデル(※1)
にすることで意味解析における質の向上が図れるのではないか
というのがテーマ。
そもそも検索システムでは、意味の近いか遠いかを
判断しなければならず、それを文書中に含まれる単語
の頻度や共起性などから判断し、それを数値化する。
その際、一般的にベクトル空間モデルが利用され、
空間上の角度や距離といったものの近傍で判断している。

吹谷氏の解説によれば、位相とは一種の集合概念で、
含む・含まないの2値しかない。そしてそうした集合が
無限にタマネギ上に入れ子関係になっている。
そうすると、どの集合に含まれるかを、ある基底を元に
行列を取ることによって意味の近さを判断できるという
ことだ。
そのために、多次元を下位概念に解体しその微分とする。
その際に位相空間上での言語モデル(文法ルール)
を援用する。
位相モデルにすることで、単語のもつ多義性を吸収
できるとする。
また遺伝子解析で利用されている「ホモロジー(類縁度)
検索」の日本語解析への応用についての話があった。

北氏の発表では、ベクトル空間モデル検索技術の理論的な
背景と、次元を削減することによる高速化技術による
マルチメディアへの応用のデモなどがあった。

書籍『ナレッジマネジメントのすすめ』の執筆の過程で、
クラスタのためのソフト「gnmz」のPerlソースを追いか
けて動きの仕組みを理解しようとしたが
前提となる数学知識がなく、漠然とイメージだけしか
理解できなかった。つまり、意味を3次元空間上に投影して
そのベクトルと距離で遠近を表現するということについて
今回セミナーの中で、こうした数学理論の解説が
聴けたことは有意義だった。
ただ、もうずいぶん久しぶりの数式の連続で
学生時代を実感として思い出したが、ツールを
提供する側と使う側にまだまだ乖離というか
ギャップがあるなあという印象を受けた。
ナレッジマネジメントも一枚皮をめくると、完全に
数学理論の世界にどっぷり入る。

ツールを作る側はあくまでバリバリの数学者や
コンピュータエンジニアだが
使う側は、バリバリの文筆作家だったり、
図書館関係者だったりする。
いわゆる理系文系のギャップが提供者と利用者の間に
横たわっている。それが、市場性を妨げているのかも
しれない。

(※1)位相についての基礎的な解説は
http://www.rimath.saitama-u.ac.jp/lab.jp/fsakai/settop.html
が詳しい

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