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2004.04.29

トヨタの死角

最近、トヨタ生産方式について特集
を組んだ雑誌を目にすることが多い。
トヨタは、ボトムアップで改善活動
がスパイラル的に維持するシステム
が生き続けているという点に企業文化
の特色があると思う。
当たり前のことを愚直に合理的に追及
するという点をトップから現場まで
徹底しようという姿勢がある。
出入り業者にまでその文化を押
し付けるだけの徹底振りである。
(私も以前その一人だった)
そこに素晴らしさがあると思う。
トヨタ生産方式を、一般業務にまで
敷衍して徹底して標準化・無駄取り
を考える集団だ。

雑誌MagX(2004年5月号)で
トヨタクラウン新型車の評価で
「量産車でありながら凝った細かな
精密成型をやる生産技術のすごさ」
と評価されていた。
また日経ビジネスのメルマガ
(日経ビジネス Express2004.03.31
UPDATE【走る 曲がる 止まる】
人間型ロボット、4種類まとめて発表
するトヨタの「戦略のなさ」と底力)
でトヨタが発表したロボットの開発方針
について、全方位的に地道にしぶとく
技術を追求していく大企業でありながら
その姿勢を失わない点について非常に恐
ろしい会社だと評価されていた。
『トヨタは確かに偉い。それは「大きい」
から偉いのではない。「なりふり構わない」
から偉いのだ。世界2位をうかがうという
巨大メーカーが、戦略もなく一歩一歩地面を
踏みしめて進んでくる愚直さ。競争相手に
とって、こんなに恐ろしいことはないのでは
ないだろうか。』

私は以前、技術の仕事をしていての完璧主義を
維持できていた時期があった。新しい技術が
出たらいち早くそれに喰らいついて、会社
帰りや土日を使って徹底的に調査研究した。
けれども結婚して子供ができたり、仕事以外
にやるべきことなども増えた今となっては、
以前のように、予防的に網を張るというよう
な非効率的な時間投資は維持できない。完ぺ
き主義は、安心の追求であり不安の裏返しだ。
ストイックであるが病的でもある。潜在的
なうちに新しい要素を潰しておくのは、反面
では多くの無駄な投資を重ねていることでも
ある。むしろ、まさに仕事で必要になってきた
部分だけに絞って習得する方が効率的であ
るし、一番手でなくとも、人が整備してくれた
あとを進むほうが労力が少なくて済む。今は、
そういう戦略で時間を生み出すようにしている。

おそらく、トヨタの今の会社としての在り方を
維持するために大変な労力を払っているの
ではないだろうか。また、大変コストがかかって
いるのではないだろうか。今は、そうし
た研究開発と商品のブランドが好循環に働いてい
るが、きっちり利益が確保できていない
と維持できないことだろう。

しかしトヨタにも弱点がある。トヨタの考える
高級車の定義というのが音の静粛性にある
というのは、いろんなところで指摘されている。
ところが大衆車なんかの設計思想におい
ては、ヨーロッパ車に比べて文化の度合いが低い。
会社組織や生産技術やデザインなど目に付きやす
いところが行き過ぎて評価されて、車としての
商品の強さとイコールであると考えてしまったら
罠に陥る。車の評論家連中が乗り比べた評価では、
トヨタの車の評価は決してダントツではない。
車の設計思想が、表面だけ見よう見まねで、生活
空間や、安全設計や運転する側の質感とか、そう
いった根っこにあるもの、そこへのこだわりが日本車
全般に甘いといわれている。コストとの絡みとか、
売り上げを上げているという実績で押し切られて
しまっているところが見受けられる。しかし、
もし自らおごり高ぶってしまうとそうした質の
問題が今後表面化してくるじゃないかと思う。
(特にレクサス・ブランドあたりで)

ヨーロッパ車は、合理的に設計されていて、
設計思想がはっきりしているらしい。
これは、外人と仕事をしていても感じることだ。
日本人は、目の前の現象に捉われがちで
そういう時、よく外人は「まずビッグピクチャーを描け」
という。全体図だ。
そして、なぜかという質問を徹底して繰り返し
論理的に到達した結論に対してそれを遵守する。

そういった合理性や、なぜそういう設計なのか
という哲学が日本の今の文化の中に無い。
だから、甘い車がどんどん売れていく。
そういう、生産する国民の文化力というもの
しいて言えば、教育が商品の価値を大きく左右
していく。
トヨタは、いわば日本の限界点にいて、
それを乗り越えるためには、いっそ日本の企業である
ことを超越していかなければならないかもしれない。
社員がどんどん海外交流して、世界レベルで
考えられる文化に成長していけるかどうか。
それが、これからの車の質を決める。

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年金問題は、雇用問題

たまごボーロやお菓子の城で有名な竹田製菓の社長
竹田和平氏(関連HP
日経ビジネスに載っていたと思うが、
(どの号か探したけれども不明)
竹田社長は、年金を返上している。
その理由は、年金をもらう人は扶養家族であって
それは恥ずかしいことなんだ、という理由である。

これには、まったく同意。
確かに、社会保障というのは必要で
病気や高齢で働けない人には、年齢に関係なく
相互扶助する。その前提で今後少子化が叫ばれている
現状では、定年という枠をはずして
働ける人は働いてもらう仕組みが必要だろう。
まず、中高年の雇用が今後流動化するに従い
日本の会社のありかたも変わってくるだろう。
その中で、定年にとらわれない雇用・労働形態
というものがNPOをひとつのモデルとして
形成されていくのではないだろうか。

4月27日の日経新聞には、厚生労働省
は2006年度から20歳以上からも
介護保険料を徴収することを検討して
いるという。けれども、4月26日の
日経に載っていた総務省が調査した
世帯主の年齢別平均消費性向の
グラフでは、2001年以降
30歳未満の消費行動が急落して
逆に50~59歳は急増していて
かつて2002年には逆転した。
これには、60歳以降は出ていないが、
世代間の不公平が進み、資産の継承
を通じて階層が生じつつあるのだろう。
4月26日の日経では、介護保険で施設に
入居すると一人月額35万かかるという。
これに対して個人負担はわずか1割に過ぎない。

いつの時代に、一定の年齢になったら
みんな、一斉にご隠居できるだけの
恵まれた老後を保証された時代がこれまで
あっただろう?
戦中世代は別として、戦後世代で
年金暮らしに入った人たち、高度成長で
今の若者より資産を持った恵まれた老後は
これ以上維持できないと思う。

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なぜ、三菱自動車は存亡の淵まで追い込まれたか?

三菱自動車は、三菱グループの意向が大きく、
事実上、三菱重工の子会社だった。
4月2日の日経新聞にも三菱グループを代表して
重工の西岡会長が三菱自動車の経営再建について
言及している。
三菱自動車の経営者は、大株主のダイムラーと
三菱グループの両方を向いて判断しがちだった
と思われる。
それゆえ、各マスコミで指摘されている、
リコール隠しに見られる、顧客志向でなく
社内志向の文化が形成される原因ともなった。
99年6月の広島の路線バス事故で各部門のグループ
長が集まって、対策会議を行った際
おかしいと感じつつ、リコールを避けるため
整備不良で現実回避してしまったと
今になって参加メンバーが捜査当局の事情聴取
に答えている。

社説1 三菱自動車の経営危機は一体感の欠如(4/7)  
  指摘されるのは経営と現場のかい離だ。
  取締役経験者を優遇する相談役や顧問など
  が60人いて、個室や車の送迎など「役員だ
  けの互助体制」が現場の士気を低下させて
  いた。

軍需を企業のルーツに持つ、三菱グル
ープの中にあって、コンシューマ向けを
一段低いものと見る価値観がなかったか
どうか。
だから「重工>ふそう&三菱自動車」
そんな力関係や人材の配置が在ったのではないか。
三菱グループの中の二流役員の吹き溜まり
で重工の役員を大量に送り込む天下り先では
なかったか。

純粋に三菱を車メーカとして見たとき、
経営の素人さ加減は明白だ。
80年代から振り返ってみて
ターボ、4WD、環境エンジン
内向きな特色しか出せていない。
結局、他社がやるから慌てて外資と
組んでみたというところではないか。
ブームの2匹目や3匹目を追いかけた
コルトやグランディスの不調。
既にプラットフォーム自体が古
くなってしまっているランエボ。
現場が疲弊してしまっている。
たぶん無茶なコスト削減を強いられて
技術開発もままならないのではないか。
他社に誇れるのは、パリダカのパジェロ
だけか。
客の嗜好を知らず、全然違う方向で
会社のリソースや開発力を使っていたの
ではないか。もっと、デザイン力や
マーケティング力を磨くべきではなかったか。
完全に経営の失敗だ。
ホンダと対極にある。
ホンダは自己否定、下克上、創造する
DNAを持っている。
三菱は、おそらくそうした社内の力
をそいできたのだと思う。

何かの雑誌が以前論評していたが。
三菱自動車には派閥争いがあって
ディアマンテ、パジェロがヒットしたとき
それを推進する派閥が力をつけ、
対立するグループの人間をばっさり
切った、という内情が書かれていたと
記憶している。

ダイムラーの再建策では、
パジェロも廃車して小型車専業で行くと
されていたから、自動車会社としては
ズタズタだったろう。
むしろ、ダイムラーが放り出してよかった。
結局、エクロート社長をマスコミの前で
謝らせたのが大きかったのではないか。
エリートたちにとっては「やってられない」
役割だ。経歴に傷が付く。

現代自動車が触手を伸ばしてくるかどうか。
パジェロのパリダカの実績、スリーダイヤのブランド
として7500億は果たしてのれん代として高いのか安いのか?

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2004.04.22

「ナレッジマネジメント フォーラム2004」に行ってきた

毎年今頃に開催されるが、去年と比較して
新しい発見や感動はあまり無かった。
セッション関係は少し規模縮小したような
印象を受けた。

展示コーナーも依然として、グループウエア
や検索ツール類が中心だった。

去年のセッションで面白かったのはリアルコム
社とファクテイバ・ダウジョーンズ&ロイター
社だったが、ファクティバ社は今年は、セッション
出してない様子。

今年は、日本ドキュメンタムとSPSSの
「Text Mining for Clementine」のセッション
に参加した。

日本企業でKMを推進する上で避けて通れない、
情報共有に対する抵抗勢力との処方箋といった
ものが去年リアルコムのセッションで聞けたが、
今年はそういった印象に残る事柄が少なかった。
セッションや展示を見る限り、全般的に
技術的な革新は進んでいないようだ。
帰りに少し考えたのだが、業界の方向性として
現在のようにツール売りでは限界があるだろう。
むしろ、KMの成果物・コンテンツそのものを
企業としては買いたいと考えるのではないか。
そうすると、むしろ今回の展示会に出展している
ような会社はニッチ市場に追いやられて、
Googleのようなコンテンツ市場が立ち上がるのでは
ないか。
つまり、器ではなく中味そのものが真の主戦場
だと思うのだ。
というのも、器(KMツール)そのものはきっと
価格破壊が進み、そこから利益を上げることは
かなり難しくなってくると思うのだ。
マイクロソフトも、この分野にシフトしてきている
し、海外からのツールやLinux系のフリーソフト
なんかが怒涛のように流れ込んでくるのは、容易に
予想される。

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2004.04.15

イラク人質事件の経緯に思うこと

イラクの邦人人質事件の一報があって
すぐに手帳に書いたメモがあった。(4/9付け)

早期決着の予想に反して3日間の
期限が過ぎた現在でも膠着状態になったままだ。

メモの内容を読み直してみたが、
特に今でも状況が大きく変わっていない
ので、それを元に書き記しておく。

--------------
(メモ始まり)
犯人側からすれば、殺害してしまえば
切り札が無くなり、それ以降攻撃を受ける
結果となる。したがって、どこかで落とし
所の交渉となるだろう。
その期間中にアメリカの特殊部隊などが
どこまで犯人を追い込んで取り押さえられるか。
犯人側からすると、長期化するほど不利となる。
立て篭もりみたいなものだからだ。
日本には、交渉の主導権はないだろうし、
少なくとも自衛隊の撤退はありえない。
犯人を追い込んで仮に人質を殺害してしまった
としても、犯人のせいにできる。
その時点で撤退の理由もなくなる。
3日間という期限付きであるなら、なおさら、
国家として、できる限り救出するという努力
をするのが正しい道。

ブッシュは、選挙戦の得点にしたいことも
あり、総力を挙げて犯人探しに躍起になる
だろう。
案外、裏側で本音の条件闘争が行われるの
かもしれない。
(メモ終わり)
---------------

結果、大体読み通りに推移している
と思われる。個人責任という言葉が
出てくることも予想していた。
このような事態は本人は覚悟の上のはず
だからだ。だからこそ、心の崇高さも
感じるのであるが。
意外に思われたのは、交渉をイラクの
族長や宗教関係者に依存していること。

これは、今のイラクの状況は、ほとんど
アメリカ軍の敗北だと思うようになった。
アメリカ軍が支配下に置いているのが
きわめて限定された部分であって、
しかも、人民の支持を得ていない。
ここ一番で、これほどコントロールしき
れていないとは・・・
泥沼化してから、どうも支那事変以降
の経緯と似ていると思っていたが、
同様の指摘が宮崎正弘氏のメルマガにも
載っていた。

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